『クレスコ』

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クレスコ

〈2024年4月号 3月20日発行〉

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【意見】『「指導が不適切な教員に対する人事管理システム」に関するガイドラインについての中間整理(案)に対する意見』

 全教は、「指導が不適切な教員に対する人事管理システムに関するガイドライン」に関するパブリックコメントを文科省に示しました。


2008年 1月22日 全日本教職員組合

1.ILO・ユネスコ勧告を尊重した水準が求められている
 
 私たちは、いわゆる「指導力不足教員」や「指導不適切教員」にかかわる人事管理に対し、教員を萎縮させ意欲的な教育活動が妨げられる「摘発と排除」の制度づくりではなく、「指導不適切教員」を生まない教育条件の改善、職場環境の整備などを要求してきました。そして、文部科学省・各教育委員会がこの間進めてきた「指導不適切教員」人事管理政策は、客観性・公正さを担保する制度とはなっておらず、ILO・ユネスコ『教員の地位勧告』が遵守されていないとして、その監視機構である「教員の地位勧告の適用に関わるILO・ユネスコ共同専門家委員会」(以下は、CEART)に対し「申し立て」を行ってきました。CEARTは、すでに3回にわたり、文部科学省に対し「指導不適切教員」人事管理政策の是正を求める重要な勧告(注1)を行っているところです。
 昨年6月に、「指導が不適切な教員の人事管理の厳格化」と称して、認定した教諭に対する指導改善研修を任命権者である教育委員会に義務付ける教育公務員特例法の一部改定(08年4月施行)が行われ、その国会審議においても、「公正かつ適正な認定が行われるよう努めること。また、当該教員の意見を述べる機会を設けるなど配慮すること」との附帯決議がつけられました。
 したがって今回、「全国的な教育水準が確保されなくてはならないことから、文部科学省においては、人事管理に関係する専門家の協力を得て、各教育委員会が従来の指導が不適切な教員に対する人事管理を見直し、改正法の趣旨に則った人事管理システムを公正かつ適正に運用するためのガイドラインを策定する」に当たっては、『教員の地位勧告』・CEART勧告の趣旨を尊重することが強く要請されていると考えます。
 

2.「ガイドラインについての中間整理」(案)の是正を求める意見
 
 調査研究協力者会議がまとめた「ガイドラインについての中間整理」(案)には、私たちがこれまで批判してきた、文科省の「事務次官通知」や一部の教育委員会でみられた、精神疾患を含む不明確な定義、教員本人の意見表明欠如など従来の「指導力不足教員」人事管理の問題点を見直した箇所もありますが、『教員の地位勧告』の趣旨と教育の条理に照らし、全体として重大な問題点を有していると考えますので、以下の通り、是正を求め意見表明するものです。
 なお、この指導改善研修の対象から、校長、教頭、新設される副校長、主幹教諭、指導教諭などは除外されていますが、「指導不適切管理職」の存在が報告(注2)されており、職場で矛盾を深めるであろうことを指摘しておきます。 
 
教職員が萎縮し共同を妨げる「摘発・排除」ではなく、「育成」を基調に 
 第1に、「中間整理」(案)の基調が、教員への管理体制を強化し、「指導不適切教員」を摘発し、教壇から排除することに力点がおかれています。
 校長と教育委員会が「一体となって」との言葉が随所に見られ、教育委員会が応援するから、校長は積極的に「把握及び報告・申請」に踏み切れと督励を行っています。さらに、「日常的に指導主事等が学校を訪問したり、教員評価制度を活用する」ことを奨励し、訴訟対策から「報告書・申請書に副校長、教頭、主幹教諭、指導教諭等いずれかによる評価結果を添付することも、客観性を高めるための運用上の工夫」「受診命令を発するなど、客観的な判断を行うための措置」などとしています。「指導に課題がある教員」に必要なサポートをすることは重要ですが、教職員の教育力量は試行錯誤を繰り返しながら向上していくものであり、このようなに摘発・排除に傾斜した監視強化では、教職員を萎縮させ育成を妨げることになるのではないでしょうか。
 また、「学級崩壊」はどの学校・学級でおこってもおかしくないと言われており、問題解決に向けた教職員の協力共同よりも、担任の「自己責任」を追及するやり方が重視されれば、困難な学級を担任することを避ける教員が増え、校長を含む全教職員の一体となったとりくみが阻害されるのではないでしょうか。 
 さらに、「免職・採用等の可能性を検討した上でないと分限免職ができないということではない」として「分限処分を的確かつ厳正に行うべき」ことが強調されていますが、慢性的な長時間過密労働のもと、教員免許の更新制導入ともあいまって職場のストレス状態を高める危険性があります。現在でも教員の「心の病」の急増が問題となっていますが、拍車をかけることは避けられません。
 このような誤った処方箋となる原因は、教育上の指導力量の問題を、教育条理ではなく、人事管理からの視点からアプローチしているからではないでしょうか。教育のいとなみは、指導と被指導という一方的関係ではなく、指導者である教員と学習者である子どもとの双方向的関係で成り立つものです。しかし、「中間整理」(案)には、こうした教育的検討が行われた形跡は見られず、この点で抜本的な見直しを求めるものです。 
 
人格評価、思想信条に関わる例示など主観的評価を生まない明確な定義を 
 第2に、定義に関して私たちは、現行の各都道府県教育委員会等での「指導不適切教員」人事管理システムにおける定義の中に、教員の人格評価やプライバシーに関わる例示が含まれており、恣意的・主観的な評価が避けられないと批判してきました。「中間整理案」では、各教育委員会に対し「本ガイドラインで示した定義に照らして適切なものとなるよう留意するとともに、具体例を挙げている場合には、当該項目が例示であることを明確にする必要がある」との表現にとどまっていますが、人格評価、思想信条、プライバシーに関わる例示を行わないことを明記することが必要です。
 
本人の意見表明、不服申し立てなど適正手続きの保障を 
 第3に、適正手続きが不十分であるということです。
(1)「本人からの意見表明」について「中間整理案」は、「指導が不適切である」教諭の認定にあたっては、「対象となる教諭等から書面又は口頭により意見を聴取する機会を確保する必要がある」「認定を行うまでに適当と考える時点において行う」としています。また、指導改善研修終了時の指導改善の程度(措置)を認定する場合も、「当該教諭等から書面又は口頭により意見を聴取する機会を付与する必要がある」「程度に関する認定を行うまでの間、適当と考えられる時点において行う必要がある」となっています。
 私たちは、任命権者から独立した、専門家等から意見聴取する「会議の実施」(以下、判定委員会)は必要であり、その判定委員会の場で本人に弁明の機会を保障することを原則とし、その際、同僚・弁護士などの同席を認めることができるようにすべきと考えます。少なくとも、本人の口頭または書面による意見表明の内容が判定委員会に判断材料として提供されるとともに、そこでの結論を最終決定者である教育委員会は尊重することが大切です。また、本人からの意見表明が実質的なものとなるよう、校長・教育委員会からの報告・申請内容を本人に事前開示することを求めます。
(2)指導改善研修受講の認定や研修終了時の措置が決められた場合、その内容が納得できない時に不服申し立てできる制度を、この「人事管理システム」に位置づけるべきです。地方公務員法には、人事委員会に不服申し立てできる規定(49条2項)がありますが、文科省は、研修措置は不利益処分にあたらないとして、不服申し立ての対象から除外してきました。指導改善研修受講の認定、研修終了時の措置のいずれにおいても、不服申し立てできる制度設計とすべきです。 
(3)判定委員会のメンバーを公表するとともに、学校現場に詳しい教職員代表を選任すること、弁護士は当該弁護士会の推薦者とすることを要求します。
 
研修におけるパワハラをやめ、教壇復帰を目的にしたものに 
 第4に、各都道府県における現行の特別研修にかかわって、県教委によっては、本人の要望に即した教壇復帰を目的としたものではなく、見せしめ的な内容、パワハラなどが報告されています。指導改善研修の内容に関して「中間整理」(案)は、「個別に計画書を作成しなければならない」「本人に自らが指導が不適切な状態にあることを気づかせることが重要」「所属の学校等での実地研修を行うことが重要」などとしています。
 指導改善研修といえども、あくまでも研修であり、学問の自由の保障と教員の自主性尊重という研修の原則を踏まえた制度として設計されなければなりません。この視点を踏まえ、人権蹂躙、退職強要を行わないことを明記すべきです。 
 
教育条件の改善で現場教職員への具体的支援を 
 第5に、定数増をはじめとする教育条件改善の視点がまったくないということです。文科省の調査で、平日の残業時間だけで月34時間、病気休職者は過去最多の7655人で、うち精神性疾患によるものが61・1%を占めていることが明らかになりました。長時間過密労働が教職員のいのちと健康を蝕み、教材準備や研修の機会を奪っています。「指導が不適切な教員」「課題のある教員」を出さないためにも、多忙の解消、持ち時数の軽減、少人数学級など条件整備の必要性に言及すべきです。また、研修に参加する教員の代替措置をきちんと行い、学校現場に負担をかけないように配慮することを要求します。今必要なのは、校長への「支援」よりも、現場教職員への具体的な支援です。
 
教育委員会の主体的な判断を尊重して 
 第6に、このガイドラインが、任命権者である教育委員会が定める教育委員会規則の「参考となるガイドライン」であることが国会答弁でも明らかにされています。したがって、例えば、各都道府県で取り組まれている研修の期間はさまざまで、「延長して2年を超えない範囲」は最低基準とし、教育委員会の主体的判断を妨げることはあってはならいと考えられます。 
 

3.学校運営の見直し・教育条件の改善で、学校の教育力量の向上を
 
 『教員の地位勧告』は、「教職における雇用の安定と身分保障は、教員の利益にとっても不可欠であることはいうまでもなく、教育の利益のためにも不可欠なもの」(45項)であり、「教員は、その専門職としての身分またはキャリアに影響する専断的行為から十分に保護されなければならない」(46項)とする一方で、「この職業は厳しい、継続的な研究を経て獲得され、維持される専門的知識および特別な技術を教員に要求する公共的業務の一種」であり、「個人的および共同の責任感を要求」(6項)しています。このことを真摯に受け止め、個々の教員が自己研鑽に励むとともに、学校としての教育力量の向上に努めることが肝要であることは言うまでもありません。
 しかし、「指導が不適切な教員」問題を本人の自己責任にすべてを解消するやり方では、教職員は萎縮し、切磋琢磨の中で育成することが妨げられます。めまぐるしく変わる「教育改革」、子どもと親の変容、教育条件の状況、職場環境の整備、同僚関係など、「教育困難」の背景を多面的にとらえ、学校運営の見直しや教育条件改善の契機にすることが重要です。
 そのためにも、文科省のガイドラインが、国際基準である『教員の地位勧告』の水準をクリアする「適正手続き」はじめ、客観性・公平性・透明性のある「指導不適切教員」人事管理システムに資するものとなるよう強く要請し、意見表明とします。 

以上

(注1)『教員の地位勧告』、CEART勧告の該当部分は、次のとおりです。 

○『教員の地位勧告』(1966年9月)
「(1)教員の仕事を直接評価することが必要な場合には、その評価は客観的でなければならず、また、その評価は当該教員に知らされなければならない。(2)教員は不当と思われる評価がなされた場合に、それに対して不服を申し立てる権利をもたなければならない」(64項)
「教職における雇用の安定と身分保障は、教員の利益にとっても不可欠であることはいうまでもなく、教育の利益のためにも不可欠なもの」(45項)であり、「教員は、その専門職としての身分またはキャリアに影響する専断的行為から十分に保護されなければならない」(46項)
「一切の視学、あるいは監督制度は、教員がその専門職としての任務を果たすのを励まし、援助するように計画されるものでなければならず、教員の自由、創造性、責任感をそこなうようなものであってはならない」(63項)
 
○CEART第1次勧告(2003年12月)
 指導力不足教員を認定する際の「適正手続き(デュープロセス)が十分であるとは言えない」「委員会に出席して意見を述べ、いかなる段階であるにせよ不服を申し立てる普遍的な権利が教員に与えられていることを示す証拠はない」ことなどに「注目」(16項)し、「共同専門家委員会は、文部科学省が叙述するような現行制度では『勧告』の水準を到底満たし得ないと考える」(18項)と判断しました。
 また、判定委員会の在り方に関して、「共同専門家委員会委員の経験に照らすと、専門職としての教員の指導や能力に関するような非常に重要な決定を行う機関から現職教員が排除されているのは不可解であり、通常認められているやり方に反する」「何よりこうしたやり方(非公開)は他国では見られないからである」(19項)と指摘し、「『勧告』の諸規定に合致するよう再検討されるべきことを強く勧告する。」(20項)と結論付けました。
 
○CEART第2次勧告(2006年1月)
 「実際、指導力不足の定義や評価制度の適用において、県ごとに相当のバラツキがあり、平等な取り扱い上、問題をおこしているので、文科省は、すべての県教育委員会が共同委員会の勧告を効果的に適用できるような措置をとるべきである」「日本のような地方分権制度のもとでは、しかるべき行政手続きや方法が実際に策定され、実施されているレベルで、そのようなプロセスが行われることが必要である。すべての教員に対する適切な手続きや方法が一貫した方法で採用され、適用される手段についてのガイダンスの提供に文科省が関与することが、このプロセスを容易ならしめることは間違いない」と明言していました。
 また、文科省が「問題となっている制度は管理運営事項であり、勧告の適用対象外であるとするスタンスを取り続けていることに留意」し、「そのような主張を受け入れることはできない」としています。 
 
(注2)東京都中学校校長会、平成18年度研究集会報告。(「日本教育新聞」2006年12月25日付)

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