『クレスコ』

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クレスコ

〈2024年4月号 3月20日発行〉

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【談話】『「平成19年度 全国学力・学習状況調査結果」について』

2007年10月24日 全日本教職員組合 教文局長 山口 隆

 2007年10月24日、文部科学省は「平成19年度全国学力・学習状況調査」(以下、全国一斉学力テスト)の結果を公表しました。私たちは、この全国一斉学力テストがいっそうの競争強化と子どもと学校の序列化をすすめるものであり、実施そのものに反対である立場を明らかにしてきました。まず、あらためて、文部科学省に対し、全国一斉学力テストの中止を強く求めるものです。


 そのことを前提に、問題そのものが果たして妥当であったのかという検証が行われていないことや、採点の過程においてその基準があいまいで、途中で見直しや是正が行われたことが新聞報道されたこともあり、この調査結果が本当に信頼できるのかという根本問題をはらんでいることも指摘しつつ、とりあえず公表された結果から、いくつかの問題点を指摘したいと思います。
 
 公表された資料を見てまず第1に思うのは、この程度の結果を得るために、全国230万人の小学校6年生、中学校3年生の全員を強制参加させることが必要であったのか、ということです。
 「調査結果のポイント」では、「家で学校の宿題をする児童生徒の方が、正答率が高い傾向が見られる」「読書が好きな児童生徒、家や図書館で普段から読書をする児童生徒の方が、国語の正答率が高い傾向が見られる」「学習塾で『学校の勉強より進んだ内容や、難しい内容を勉強している』児童生徒…が正答率が高い傾向が見られる」「朝食を毎日食べる児童生徒の方が正答率が高い傾向が見られる」などと調査結果を「分析」していますが、これらのことは、日々子どもたちと接している教職員ならだれでも実感していることです。
 貧困と格差拡大をすすめる「構造改革」路線が子どもたちの家庭を直撃しています。また、準要保護家庭にかかわる就学援助予算が国庫負担からはずされ、一般財源化されたために、就学援助基準が生活保護家庭とほぼ同様の水準まで引き下げられている自治体も急増しています。さらに、異常な働かされ方が広がり、長時間・過密労働を余儀なくされている父母も増加しています。このもとで、毎朝朝食を食べられない環境におかれている子どもたちや、家で宿題ができない状態におかれている子どもたちが激増していることが各地から報告されています。問題は、そうした子どもたちに行政がどのような手を差し伸べるべきかということにあります。「調査結果のポイント」では、一方で「就学援助を受けている児童生徒の割合が高い学校の方が、その割合が低い学校よりも平均正答率が低い傾向が見られる」と述べているのですから、経済的格差が学力格差を生み出す重大な要因となっていることは、明らかではないでしょうか。
 朝食を毎日とっていない子どもや宿題ができていない子どもの学力に問題があるというのならば、政府・文部科学省の責任として、そうした家庭に対する手厚い手立てをとることが求められています。「調査結果のポイント」では、そうしたことには一切言及されていません。一体何のための調査なのか、強い怒りを禁じえません。
 
 第2は、文部科学省がすすめようとしている施策へ政策誘導しようとする危険を強く感じることです。「調査結果のポイント」では、「自尊意識・規範意識等」として、「学校のきまり・規則を守っている児童生徒の方が、正答率が高い傾向が見られる」、「学校調査」においては「児童生徒が礼儀正しいと思っている学校の方が、平均正答率が高い傾向が見られる」としています。
 先の国会で学校教育法が改悪され、義務教育の目標に「規範意識」が盛り込まれました。子どもたちの実態を無視して、ただ「規範意識」のみを押しつけるやり方は、教育のいとなみの本質に照らして大きな問題を持つものです。しかし、「調査結果のポイント」の使いようによれば、「子どもたちの学力を身につけるために規範意識を」というキャンペーンが行われる危険性を強く感じます。同様のことは、「朝食を毎日とる子は学力が高い」ということを根拠にして、経済的理由で朝食もとることができない子どもたちの実態を捨象して「早寝早起き朝ごはん」運動に流し込もうとする動きに連動させる危険があるといえます。
 「全国学力・学習状況調査」自体、重大な問題をもつものですが、その結果を一方的に政策誘導に利用することは邪道以外の何ものでもなく、断じて起こってはならないことです。
 また、このこととも関連して、文部科学省が、いわば特定の「よい子像」ともいうべきものを描き出していることも気になるところです。調査結果を重ね合わせると、毎日、早起きし、きちんと朝食をとって、登校前には持ち物をきちんと確認し、学校ではきまりを守って礼儀正しく過ごし、私語もせず熱心に授業を受け、帰宅すると読書に励み、夕食も決まった時間にきちんととり、夜は早く寝る、という子どもが「学力」が高い「よい子」であるという子ども像が浮かんできます。
 子どもはそんなにのっぺりとした存在ではありません。子どもたちは、おとなでさえ生きづらい世の中を、さまざまな問題を抱えつつ、ときには屈折しながらも精一杯生きています。現場では、そうした子どもたちとの格闘ともいえる実践が毎日繰り広げられています。おとなたちには、そうした子どもをリアルにとらえ、悩みや喜びを共有し、人間的な働きかけを強めながら、ともに生きていくことが求められているのではないでしょうか。生きる喜びにつながる豊かな学力も、そうしたとりくみの中で、子ども自身が獲得してくるのだと考えます。
 
 第3は、学習指導要領との連動です。「調査結果のポイント」では、小学校の国語・算数においても中学校の国語・数学においても「活用力」に課題があるとしています。基礎的な知識を活用する力そのものは重要であり、現場でも生きて働く学力として重視し、さまざまな実践が行われているところです。それは、具体的な実践をていねいに検証することをとおして、子どもたちに基礎基本の力とそれを使いこなして自然や社会に働きかけ、よりいっそう豊かな学力を身につけさせるためには何が必要か、について教職員はもとより国民的な議論をとおして明らかにすることが求められる課題です。
 いま、中教審教育課程部会では、改訂学習指導要領にむけた議論が行われ、ここでも「活用力」が強調されています。このことは別途検討すべき課題ですが、これを今回の全国一斉学力テストの結果と直線的に結びつけて、学力テストの結果、「活用力」に課題があるということを学習指導要領改訂の根拠にすることは、問題があるといわなければなりません。このことは、今後、全国一斉学力テストが、学習指導要領による学校教育拘束の道具として使われかねない危険があり、それは「学力テスト体制」となって現場をしめつけ、子どもの実態を基礎とした教職員の自由闊達な教育実践、教育活動を困難にするという重大問題をはらんでいるからです。
 
 このように全国一斉学力テストは、公表された調査結果そのものにも大きな問題があるものであり、今後続けるべきではありません。とりわけ今回、都道府県ごとの結果が公表されていることは大きな問題であり、都道府県の格差づくりにつながるものです。今後、市町村ごとや学校ごとの結果公表などが行われれば、冒頭に指摘した子どもと学校の序列化、格差づくりがいっそうすすむという重大問題をもっています。私たちは、各都道府県教育委員会および市町村教育委員会に対して、市町村ごと学校ごとの結果公表は断じて行ってはならないことを強く求めるとともに、序列化をつくるデータそのものの即時廃棄を強く求めます。
 私たちは、父母・国民のみなさんとともに、子どもの学力についての国民的議論を大いに広げるとともに、子どもの学力向上に役立たない全国一斉学力テストの中止を強く求め、とりくみをすすめるものです。

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