『クレスコ』

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クレスコ

〈2024年4月号 3月20日発行〉

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【談話】『「教育再生会議」第2次報告について』

2007年 6月 5日 全日本教職員組合 教文局長 山口 隆

 「教育再生会議」は、6月1日、「社会総がかりで教育再生を―公教育再生に向けた更なる一歩と『教育新時代』のための基盤の再構築」と題する第2次報告(以下「報告」)を発表しました。
 第1次報告の具体化という基本性格をもつこの「報告」は、以下に述べるきわめて重大な問題を持つものであり、「教育再生会議」に対し、抜本見直しのうえ撤回することを強く求めるものです。

 第1の問題は、子どもたちにいっそうの学習負担を強いるものであり、子どもをさらに苦しめるものであるということです。
 「報告」は、第1次報告で述べた「授業時数10%増の具体策」として、「夏休みの活用」「土曜日の授業」「朝の15分授業」「40分授業にして7時間目の実施」などをあげています。
 第1次報告の際にも指摘しましたが、日本の教育制度は、きわめて競争的であり、そのもとで子どもたちは、「ストレスにさらされ、発達障害にさらされている」と、国連子どもの権利委員会から2度にわたって厳しい指摘を受け、競争的な教育制度の抜本的な転換が求められているものです。にもかかわらず、1日あたりの授業時数を増やしたり、夏休みを切り詰めたり、土曜授業を強いたりして、子どもたちに過重な学習負担を押しかぶせることは、子どものストレスをいっそう増幅させることにつながります。それは、子どもたちの学習意欲の低下、減退につながり、こうした方向で学力向上は果たせるものではありません。
 子どもたちの学力向上のためには、「競争と管理」の教育政策の抜本的見直し、非系統的で子どもの発達をふまえない学習指導要領の抜本的見直しこそが必要です。
 そもそも、子どもの学力が本当に低下しているのか、についても、教育学の到達点に立ったていねいな検証が求められる問題です。このことを含め、子どもの学力についての議論を、教育現場の代表や教育学研究者をぬきに行うことそのものが、きわめて乱暴で非常識な対応といわなければなりません。このようなやり方で教育がよくなるはずがありません。
 また、このような重大問題を拙速に決めてはなりません。たとえば、学校5日制導入にあたっては、1992年の月1回実施にはじまり、月2回実施から完全学校5日制の実施まで、約10年かけて定着させてきたものです。仮に「土曜授業」を提案するのならば、少なくとも完全学校5日制実施にかけたと同等の時間をかけ、国民的議論の成熟を待ち、国民合意を得てすすめるのが当然です。「報告」のように、現行制度には手をつけず、今年度中の学習指導要領の改訂と教育委員会と学校に丸投げしての実施など、きわめて無責任で乱暴なやり方であり、教育という重要問題の扱いにまったくふさわしくありません。
 
 第2に、国定の価値観を子どもたちに押しつけようとするものです。
 「報告」は、「全ての子供たちに高い規範意識を身につけさせる」として、「徳育の教科化」を述べています。いま、いわゆる「靖国DVD」が大きな問題となっており、安倍政権が押しつけようとしている「愛国心」が侵略戦争賛美の「靖国史観」であることが浮き彫りにされています。「報告」がいう「徳育の教科化」は、こうした特定の価値観を子どもたちに権力的に押しつけようとするものであり、憲法第19条が保障する「思想、良心、内心の自由」に真っ向から背くものです。戦前、「修身」が筆頭教科とされ、その中で「お国のために死ね」と教えられましたが、「徳育の教科化」は、こうした戦前の教育体制への回帰につらなるものです。これは、改悪教育基本法の具体化そのものであり、国家が子どもの内心に立ち入ってはならないという近代民主主義の原則にそむくものです。断じて行ってはなりません。
 子どもたちが市民道徳を身につけることは重要ですが、それは、子どもが自然や社会や人間との具体的なかかわりをとおして、自ら身につけるよう指導することが基本であり、そうしたとりくみは、今も日々の教育活動をとおして実践されていることです。
 
 第3は、家庭教育に国が介入する危険性を持つものです。
 「報告」は「親学」という言葉は、厳しい批判のもとで引っ込めましたが、「国、地方自治体は…訪問型の家庭教育支援や育児相談など、保護者を支援」として、時の政府が直接家庭教育に介入する方向を示しています。これは、改悪教育基本法が家庭教育を位置づけたことの具体化であり、国の家庭教育に対する介入の恐れを強く持つものです。
 
 第4は、教育の条理を無視して、教育問題の現場での解決に背を向け、権力的圧力によって子どもと父母の願いを押さえ込もうとしていることです。
 「報告」は「学校において、様々な問題を抱える子供への対処や保護者との意思疎通の問題が生じている場合」「教育委員会は『学校問題解決支援チーム(仮称)』を設け」るとしていますが、その構成員に、指導主事や大学教員に加えて警察官を含めています。課題を持つ子どもへの指導は、子どもの学びの場である学校で、子どもの意見をよく聞きながら、父母と教職員が力をあわせてその解決にあたることが、最も重視されなければなりません。「報告」の方向では、課題を持つ子どもの成長・発達を助けるという考え方はみじんも見て取れません。まさにこれは、子どもに対する権力的な圧力による監視を強め、取締りを強めるという考え方そのものです。第1次報告でも指摘したように、「教育再生会議」の立場は、子ども不信を根底にしたものにほかならず、到底、教育を語る資格などありません。
 また、父母との意思疎通がうまくいかない場合も、父母と教職員の共同の場である学校で、父母と教職員が粘り強く話し合い、誤解があればそれを解き、父母の問題提起を受け入れなければならない場合は、教職員や学校が、率直にそれを受け入れ、教育活動に反映させることが求められます。「報告」の立場は、こうした教育的解決を否定し、警察権力をも使って父母の願いを押さえ込もうとするものであり、まったく非教育的なものです。
 ここにも「教育再生会議」の人間不信があらわになっています。子ども不信、人間不信の立場に立って教育を語ることなど絶対にできません。
 
 第5は、大学をいっそう競争の渦に巻き込もうとするものです。「報告」は、今回はじめて大学教育に言及しましたが、それは、「競争力の基盤となる数多くの優れた人材の育成」が目的であり、そのために「各大学は、競争的環境の中で切磋琢磨」することを求めています。そして、そのための財政も「競争的資金を拡充し、間接経費を充実する」「研究と教育の両面における国公私を通じた競争的資金を拡充する」としています。そのうえで、大学の「大幅な再編統合の推進」を打ち出しています。これは、大学を競争の渦に巻き込み、大学の生き残り競争を強いるものであり、大学の健全な発展をきわめて困難にするものです。その一方で、世界一高いといわれる授業料や、極端に低い大学予算の問題にはまったくふれておらず、まさに本末転倒といわなければなりません。
 
 第6は、教職員定数増という現場の切実な要求には背を向け、教職員への管理統制強化の方向を打ち出していることです。
 「報告」は、「教員の質を高める、子供と向き合う時間を大幅に増やす」と述べています。教職員が子どもと向き合う時間を増やすには、教職員の数を増やすというのは当然です。ところが「報告」は「特別免許状の活用を促進し、平成24年までに採用数の2割以上を目標とするなど、社会人、大学院修了者等を大量に教員に採用する」と述べているのです。どこをどう押せば、こうした方向が出てくるのでしょうか。教職員定数の総枠は抑えたうえで、社会人採用を増やすことが、なぜ、子どもと向き合う時間を「大幅に増やす」ことになるのでしょうか。まったく不可解です。「報告」はただ1カ所「加配」に言及していますが、それは、「副校長、主幹等の配置など、教職員の加配措置を講ずる」ということのみです。授業を持たない管理職や、授業持ち時間数の極端に少ない職を増やして、なぜ、教員が子どもと向き合う時間が増えるのでしょうか。そのうえで「教員評価を踏まえたメリハリのある給与体系にし」として、行政権力による「評価」を強め、差別的賃金を導入して、教員を時の政府のいいなりにしようとしています。こうした「報告」は、現場から厳しい批判を浴びることは火を見るよりも明らかです。
 このような「報告」に対して、マスコミからも厳しい批判が寄せられています。6月2日付朝日新聞は「一から出直したら」という社説を掲げ「長い議論を経て学校が週休2日制になったのは、ほんの5年前のことだ。学力が低下したから土曜授業で補う、というのは安易すぎないか。…学力をめぐる最大の問題は、できる子とできない子の格差が広がっていることだ。授業についていけない子を、時間数を増やすだけで救えるとは思えない」と述べています。また同日付の毎日新聞は「もっと時間をかけ練り上げよう」として、「再生会議の報告でお墨付きを得たとばかり駆け出すような実施は、長く悔いを残す大失策を招きかねない」と述べています。
 教育については、徹底した国民的討論とそれにもとづく国民合意が不可欠です。安倍政権の暴走に付き従ってひた走る「教育再生会議」の暴走は、子どもを犠牲にし、現場をさらに息苦しくするものにほかならず、教育困難の増大を引き起こすものといわなければなりません。こうした方向に未来はありません。
 総じて「報告」は、子どもの内心の自由を侵害し、教育への国家統制を強める改悪教育基本法の具体化そのものであり、教育改悪3法案の先取りそのものです。私たちは、「教育再生会議」に対し、「報告」の撤回を強く求めます。そして、教育改悪3法案を廃案にするために全力をあげるものです。
 憲法と教育の条理に立脚してこそ、教育を前進させることができます。私たちは、父母・国民のみなさんとともに、改悪教育基本法の具体化をゆるさず、子どもたちのすこやかな成長を保障する学校と教育をつくりあげるとりくみに、力をつくしてがんばる決意をあらためて表明するものです。

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